Aulis Sallinen

Aulis Sallinen

アウリス・サッリネン


アウリス・サッリネンは(1935年生まれ)1970年代のオペラブームの中心人物になりました。彼はアーレ メリカント と ヨーナス コッコネンのもとに勉強しました。1960年代に彼は10年間フィンランド国立放送会社オーケストラのマネージャーとして活動したから、フルタイム作曲家になりました。


サッリネンの成功が1960年代後期に始まりました。ブレークスルーの曲の一つ、「Hintriki Peltoniemi の葬式行進曲について」(1969年作)は古い民族メロディーの面白いヴァリエーションのセットです。オペラはサッリネンのメインの分野です。「赤い線」をはじめ、いくつかの作品はすぐ世界中に有名になりました。サッリネンはシンフォニーでもドラマチックで、彼は斬新で、びっくりするような旋律や、やエキソチックなオケの色が好きだと有名です。


今も生きている作曲家です。


Punainen viiva
歌劇「赤い線」


イルマリ・キアント氏の感動的な小説「赤い線」は、デモクラシーが森の奥のフィンランドの奥の森に入る話です。トピとリーカは子供達をどこか熊もいる国境の森中の小屋に養っています。つらい生活に一つだけの明るい点はプンタルパー アジテーターの社会民主主義についての話です「ヘルシンキの金持ちの人たちのお金はこれから貧乏な自作農場にも配られるようになるよ」
その思想に明け暮れていつ間に、自分の子供達は、死んでしまう話です。アウリス・サッリネンのキアント氏の小説についてのオペラは、世界的なフィンランドオペラブームの先がけとなり、彼は、フィンランド・オペラに火をつけました。


このオペラこそ、フィンランドの歴史を物語るにふさわしいオペラです。サッリネンの最高潮の時に作曲されたものだと思います。こういう政治的なオペラを作曲することで、作曲家は、命を短くすることがあります。しかしながら、そういうリスクを背負いながらも、作曲致しました。狂人の域であると思う。
このオペラは、フィンランドのNO1のオペラであることは、間違いありません。


最近、ヘルシンキのフィンランド国立オペラ歌劇場では、外国のオペラばかり上演しています。しかし、フィンランドの歴史の原点に戻り、また赤い線のオペラを上演できる日がきたら素晴らしい・・と思っています。今のフィンランド人が、自分の国の歴史を思い返すために・・
このオペラを知れば知るほど、プナイネン・ヴィーヴァ・このオペラ抜きに、フィンランドの歴史を語ることができません。日本でいうと夕鶴や源氏物語、外国でいうと旧約聖書の話、とも同等です。なぜ、人類は地球は生まれてきたのか?なぜ、世界は出来上がったのか?という問いに答えるかのように、出来上がったオペラです。


私は、闇があるからこそ、光があるように、私は、そういうことにも焦点をあてていきたいです。世の中の不条理なものにもひかれます。その時代、フィンランドで、ロシアの共産主義に憧れ、ロシアに渡ったものの、フィンランドに帰ることができなくなってしまったフィンランド人がたくさんいました。赤い線とは、選挙のときに書く、血で書いた線です。一番、苦しい労働者達が、血で書いた線です。平和で豊かな生活を夢を見て、共産主義という宗教に洗脳される話です。赤い線は、フィンランドの独立や歴史を物語るに、ふさわしいストーリーです。


夢、愛、統一の理想郷、共産主義こそが、私達の貧乏な生活を救ってくれる・・そんなはずありません。しかしながら、フィンランドの地方で、全員、血で赤い線を描いた物語は、実際にあった話なのです。
アウリス・サーリネンの生涯の最高傑作です。


Punainen viiva


Ilmari Kiannon koskettava romaani Punainen viiva kertoo demokratian tulosta Suomen syrjaseuduille. Topi ja Riika elattavat lapsikatrastaan niukissa oloissa keskella korpea jossain rajaseudulla, ja metsissa lymyaa nalkainen karhu. Ainoan valopilkun Topin ja Riikan elamaan tuo agitaattori Puntarpaa, joka kertoo solisaliratin tulosta rajametsiinkin: Helsingin herrojen rahoja aletaan jakaa myos koyhille torppareille!


Aulis Sallisen ooppera Kiannon romaanista aikanaan pani alulle maailmanlaajuisen Suomi-oopperabuumin.